学校の保健の先生からの手紙に側弯の疑いが、、
小学5年生の春、娘が「学校で何度もおじぎをさせられたよ」と言ってやって見せたのが始まりでした。学校の保健の先生からの手紙には、側弯の疑いがあるので整形外科の受診をするようにと書かれていました。
それまでは、お風呂に入った時にも全く気がつかなかったので、急いで近くの整形外科を受診しました。
整形外科の受診
近くの整形外科から大学病院を紹介されました
整形外科で撮ったレントゲンを見せられ背骨が曲がった姿を見て、まさか自分の娘がと我が目を疑いました。
そこの先生は、大学病院に行くよう紹介状を書いてくれ、将来のことを考えて他人に口外しない方が良いとアドバイスがありました。
不安な気持ちでいっぱいでした
病気のことがよくわからず、他の人に相談も出来ず秘密にしておかなければならないとは、目の前が真っ暗になったような気持ちでした。
相談出来る人もいないため、インターネットで調べたところ、女子に多く思春期に進行して50度を超えると、中学になるまでに手術に踏み切らなければならない、と書いてありました。
手術まで
最初の大学病院では
その大学病院では、まず装具を着けて様子をみること、左右の足の長さが異なるので靴に中敷きを入れるようにと言われました。
装具は重く、体の形に合わず、娘は装着を嫌がりました。また、長時間待たされたうえ、外来の医師がその都度変わり、レントゲンによる経過観察のみでした。
右の腰が盛り上がってくる等について説明がなく、あとでわかったのですが、その大学病院では、他の大学病院から来ている専門の先生が1人だけでやっているものでした。
側弯症の専門の先生に診てもらうまでの葛藤
とにかく可能性があるものは何でもやってみようと、夫と相談し、一縷の望みで、整体院に定期通院し、新しく体に合った装具を作り細かい調整をしていきましたが、背骨の傾きは徐々に大きくなっていきました。
娘は小児ぜんそくがあり、近所の病院に通院していましたが、そこの先生の意見で、医師との信頼関係が大事なので納得がいくまでいろいろな医師の意見を聞いてみた方が良いとの助言を得て、いくつかの病院に行ってみたり、インターネットからの情報を得たり、整体の先生や、整体院関連病院の医師の意見を聞いて、手術実績の多い慶應大学病院が最もふさわしいということになり、受診しました。